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1.空間が織りなす芸術 ― 奈義町現代美術館

1.空間が織りなす芸術 ― 奈義町現代美術館
奈義町現代美術館(なぎちょうげんだいびじゅつかん)へようこそ。
ここ、奈義町現代美術館は、岡山県勝田郡奈義町、那岐山の麓に位置する美術館です。通称Nagi MOCA(ナギモカ)。平成6年4月25日に開館し、令和2年には日本建築家協会第20回JIA25年賞を受賞しています。
奈義町現代美術館の一番の見所はなんと言っても常設展示。特徴的な建物である「大地」「月」「太陽」の三つの展示室の中にある常設作品で構成されています。
「大地」「月」「太陽」の三つの展示室の中にある常設作品は、奈義町現代美術館の土地や建築と深く一体となっており、天気や季節、時間帯に応じて変わる雰囲気を味わうことができます。
訪れるたびに異なる表情を見せる常設作品は、自然の一部として変化を楽しむ鑑賞体験を提供してくれます。
鑑賞のポイントは、解説を聞いて知識を得るだけではなく、自分の感覚でその空間を感じることです。「大地」「月」「太陽」の中にある常設作品を通じて、あなた自身が感じたままの印象を大切にしてください。
さあ、奈義町現代美術館の世界観を体感してみましょう!
2.【作品】大地《うつろひ−a moment of movement》宮脇愛子

2.【作品】大地《うつろひ−a moment of movement》宮脇愛子
ここは「大地」の展示室です。
「大地」の展示室には、宮脇愛子(みやわきあいこ)による《うつろひ−a moment of movement》という作品が展示されています。
宮脇愛子は独自の平面作品や真鍮(しんちゅう)パイプを使った作品で知られ、その後ステンレスワイヤーを使用した彫刻作品を多数制作しています。
この《うつろひ》という作品はステンレスワイヤーが使用されています。ワイヤーが大きく弧を描き、玉砂利(たまじゃり)と水面の上を飛び交うように設置されたこの作品は、大地に吹く風や流れる雲、ゆらめく水面、気配のうつろいが表現されています。
ステンレスワイヤーは錆びない特徴があるので、作品は半永久的に輝き続けることになります。
こうした水面や玉砂利全てが《うつろひ》の作品に含まれています。この調和が「大地」の展示室全体を一つの作品として際立たせているのです。
展示室内の玉砂利のエリアには足を踏み入れることができます。ワイヤーの間に立ち、水面とともに揺らぐワイヤーや、風がもたらす動きを感じてみてください。
風が水面を横切る際、湖面に小波が起こる瞬間、見えないはずの風が可視化されます。
玉砂利の音とワイヤーの揺らぎで誰かの気配を感じたり、大地に立つ感覚を研ぎ澄ましてみましょう。
この「大地」の展示室は、那岐山(なぎさん)の山頂を中心軸として設計されています。那岐山の荘厳な雰囲気と一体に感じることもできます。
展示室に隣接する喫茶室からも《うつろひ》を鑑賞できます。時の移ろいを楽しみながら鑑賞するのもいいですね。
作品と空間、そして自然の共鳴をじっくりと堪能してみてください。
3.【作品】月《HISASHI−補遺するもの》岡崎和郎

3.【作品】月《HISASHI−補遺するもの》岡崎和郎
ここは「月」の展示室です。
「月」の展示室は三日月を思わせる弓なりの空間が奥へと続く独特な形状をしています。
この「月」の展示室の壁面には、岡崎和郎(おかざきかずお)の《HISASHI−補遺(ほい)するもの》が常設されていますが、この展示室全体が岡崎の作品をよりよくみせるために空間と一体化した一つの作品として捉えることが出来るように設計されています。
展示室内のまっすぐな壁の角度は、中秋の名月が夜22時に昇る方角と同じ角度になっています。
真っ白な壁に囲まれた中を歩くと、静寂な室内に自分の歩く足音が聞こえます。どこか宇宙を歩いている感覚です。
奥のガラスから差し込む柔らかな光が、展示室全体を包み込みます。
この「月」の展示室は、「休息」と「安らぎ」をコンセプトにしている部屋ですので、ぜひ静謐(せいひつ)な空間で休んでいきませんか。
弓形になったシルバーのベンチに座ってみてください。目の前にブロンズの棚のようなオブジェが見えますね。このオブジェが岡崎和郎の《HISASHI》という作品。
岡崎和郎は「御物補遺(ぎょぶつほい)」という、見落とされたものを補い、存在を問い直すという独自のテーマで彫刻作品を制作した芸術家です。
西洋からきた「オブジェ」という概念に新風を吹き込むことで、我が国にオブジェの思想を根付かせ発展させた貢献者でもあります。
庇(ひさし)とは、建物の扉の上に設置する、小さな屋根のような日差しよけ、雨よけとなるものです。
庇が室内にあるのは、なんだか不思議な感覚ですが、庇の日陰で休憩する気持ちで鑑賞すると何かがわかるかもしれません。
岡崎の作品が持つ哲学を感じながら、「月」の展示室で静かな時間をお楽しみください。
4.【作品】太陽《遍在の場・奈義の龍安寺・建築する身体》荒川修作+マドリン・ギンズ

4.【作品】太陽《遍在の場・奈義の龍安寺・建築する身体》荒川修作+マドリン・ギンズ
ここは「太陽」の展示室です。
「太陽」の展示室には、まずひとつ「前室」がありましたね。前室にはたくさんの写真が貼られています。
この展示室の常設作品空間に入る前の最初の体感として提示された空間です。
制作者である荒川修作とマドリン・ギンズは、「死なないために」という独自の制作概念をテーマに作品を制作した国際的なアーティストです。
「人はいずれ死を迎えるが、この空間を訪れることでその人と会える」という荒川とギンズの独特の考えをもとにして写真を展示し続けています。
古いものから、新しいものまで、写真の移り変わりをじっくりご覧になれたでしょうか。前室の部屋の中央にある「闇」のような螺旋階段を登り切ったここが「太陽」の展示室です。
「太陽」の展示室は巨大な円筒の空間に広がっています。こちらも室内全体が荒川修作(あらかわしゅうさく)+マドリン・ギンズによる≪遍在(へんざい)の場・奈義の龍安寺(りょうあんじ)・建築する身体≫という作品です。
室内の目の前には巨大な窓があります。この部屋は南北軸に基づいて設計されているため、巨大な窓は常に太陽の動きに呼応しています。
両サイドには京都の龍安寺の庭園を模した壁面があり、中央にはベンチ、シーソー、鉄棒といった公園にあるものが置いてあります。
この空間は独特な感覚を生み出します。自分がどこに立っているのか曖昧になり、不思議な浮遊感と同時に力強さを感じることができます。
荒川修作とマドリン・ギンズはパートナーで共同制作していた芸術家。特に1990年代は庭園や建物で人間の身体と自律性を探求していました。
「太陽」の展示室でも鉄棒とシーソーなど身体を動かすものや、人の手が加わった庭園が確認できますが、一方でそれらが天井や壁などに存在し、方向感覚が失われるというアンバランスさも体験できるのです。
「太陽」の展示室は、空間全体が太陽との関係性を表現しながら、訪れる人々に身体的な感覚を伴った新たな視点を提供します。
光、身体、そして空間が織りなす芸術の可能性をぜひ体験してみてください。
5.奈義町現代美術館の屋外展示作品-1

5.奈義町現代美術館の屋外展示作品-1
奈義町現代美術館の屋外敷地内にも、たくさんの魅力があります。
芝生広場には、幾つかの作品が展示されています。美術館へお越しになる途中で気付いた方もいらっしゃるかもしれません。
まずは、散策しながら屋外作品を探してみてください。その後、ガイドを聞きながら作品の背景や意味を楽しんで頂ければと思います。
「太陽」の展示室にあたる北側円筒形の建物の近くに、灰色の石があるのがお分かりでしょうか。こちらはただの石ではありません。
この作品は阿部光成(あべみつなり)氏の彫刻作品《山はみている》。御影石(みかげいし)が素材に使用され、那岐山をモチーフに制作されました。
阿部光成氏は那岐山を実際に登山し、下界を眺め、その雄大な「感触」から触発されたカタチを表現しています。展示の位置も、那岐山が見える場所に配置されており、山との共鳴を感じられます。
《山はみている》の近くには、大きな白い石があります。これは北川太郎氏の《静けさ》という作品です。丸いフォルムが特徴で、柔らかい雰囲気を醸し出す彫刻作品です。素材はあられ石を使用しています。
奈義町現代美術館の入り口には、北川太郎氏の《厚みある時間》の彫刻が二点あります。
2019年に奈義町現代美術館での個展をきっかけにして野外展示しています。
制作時期は、北川氏がペルーのアンデス高原へ文化庁研修員として派遣された時期のもの。空間を意識し、周囲の色や形を取り込んでいます。素材は安山岩(あんざんがん)です。
6.奈義町現代美術館の屋外展示作品-2

6.奈義町現代美術館の屋外展示作品-2
芝生広場の歩道沿いには、三角の屋根のようなものが逆さについた作品があります。これはクボタケシ氏の《王様の庭(カラーハンティング)》という作品です。
「祈りのカタチ」を意識して制作された彫刻作品です。素材はレッドトラパーチンと呼ばれる、縞模様(しまもよう)が目立つ石です。形と色合いが独特の存在感を放ちながらも、周囲の風景に美しく調和しています。
美術館の駐車場には伊藤哲一(いとうのりかず)氏の彫刻作品《那岐の杜(もり)》があります。
黒御影石(くろみかげいし)を使ったこの作品は、一見不思議なフォルムをしていますが、実は那岐山や、菩提寺の大イチョウなどがモチーフとなり、この作品全体で奈義町の自然や風景を象徴的に表現しています。
これらの野外展示作品は、奈義町現代美術館で個展が開催されたり、「アーティスト・イン・レジデンス・ナギ」と呼ばれるアートプロジェクトに参加したアーティストたちによって制作されました。
これらの作品が展示されるようになったのは2019年ごろからで、芝生広場や敷地内のあちこちに点在して溶け込むように展示されています。
野外展示は、訪れる人々に自然の中でアートを楽しむひとときを提供しています。周りを見渡すと「もしかしてこれもアート作品かも?」といった発見があるかもしれません。
自然の中でアートを探し歩くひとときも、奈義町現代美術館ならではの楽しみ方です。
7.建築と空間の共鳴 ― 奈義町現代美術館の「中と外」

7.建築と空間の共鳴 ― 奈義町現代美術館の「中と外」
奈義町現代美術館は、作品を常設する棟が一つ一つ存在しており、それぞれ独立した棟の集合体となっています。
美術館の入り口を目の前にして、右側をご覧ください。そこには美術館の目玉ともいえる3組のアーティストによる常設展示がある三つの棟があります。
その中でも、ひときわ目を引くのは、円筒形の建物。中には「太陽」の展示室があります。独特の形状と色使いが訪れる人の興味を惹きつけます。
奈義町現代美術館は、常設展示の三つの展示室や図書館を舞台として、美術館の夜間開館を行ったり、音楽イベントを開催するなど、多様なアートを表現する場にもなっています。
こうしたイベントでは、時間帯や演出が加わることで、展示室がさらに魅力的な空間へと変化します。訪れるたびに新たな発見がある、特別な体験をお楽しみください。
北棟のギャラリーでは、奈義町現代美術館に関する、3組の常設作家のデッサンやドローイングが展示され、創作プロセスを垣間見ることができます。
一方、入り口から左側をご覧ください。印象的な赤い壁面の南棟には、ギャラリースペースがあり、ベテランから若手まで、幅広いアーティストによる企画展が開催されています。
南棟の2階と中2階には奈義町立図書館も併設されており、地域住民に親しまれる場となっています。
図書館は本棚が四方に天井まで積み上がっており、天窓から光が差し込む、読書にぴったりの雰囲気です。
喫茶室の裏手には読書スペースもありますので、気になった方は利用してみてください。
さらに南側の奥にはレストラン棟がございます。「ピッツェリア ラ・ジータ」では、奈義町現代美術館と那岐山を望みながら、ピッツァを楽しむことができます。
食事をしながら、建築と自然が織り成す風景に浸るのも、この美術館ならではの魅力です。建築そのものが物語を語る空間で、時間を忘れるひとときをお楽しみください。
8.磯崎新のビジョン

8.磯崎新のビジョン
奈義町現代美術館は建築そのものが芸術作品と一体化した、世界でも稀な美術館です。
この美術館は、岡崎和郎、宮脇愛子、荒川修作+マドリン・ギンズの3組のアーティストに作品制作を依頼し、建築家とアーティストが作品と空間を一緒に組み立てた建築です。
美術館には「ホワイトキューブ」と呼ばれる展示概念があります。白い動かせる壁を基調とし、展示作品が純粋な美術作品として際立つように設計された空間を指します。
「ホワイトキューブ」の性質を持つ美術館は、一定期間作品を展示して入れ替えるという作業を繰り返します。
磯崎新は「ホワイトキューブ」ではなく、建築と作品が同時に成り立つ「サイト・スペシフィック」な美術館を実現しました。
「サイト・スペシフィック」と呼ばれる作品は、特定の場所に固有である作品を指します。
そして、このサイト・スペシフィックであるということには、周囲の自然環境の美しさも重要な条件となっており、奈義町には、那岐山を含む豊かな自然環境があり、その中に佇む現代建築としての奈義町現代美術館には、他にはない魅力があります。
この概念では、作品はその場所と切り離せず、写真に撮影されるか、その場所に行くことでしかその全容を体験できません。そのため、通常の美術館では展示が難しいとされてきました。
しかし、奈義町現代美術館は、その枠組みを超え、建築と作品が一体化した常設型の施設として誕生しました。
空間そのものが作品の一部として機能しているため、訪れる人々は単に展示を鑑賞するだけでなく、空間全体で創り出された芸術を体験できます。
奈義町現代美術館は、美術館と作品、建築が融合する新しい美術館の在り方を提示し、訪れる人々に深い感動を与え続けています。
9.第三世代の美術館

9.第三世代の美術館
奈義町現代美術館を設計した磯崎新は、美術館の建築も多く手がける中、1970年代ごろから美術館の展示についての方法論について革新をもたらしました。
従来の枠を超えた「第三世代の美術館」という新たな概念を提唱し、これを奈義町現代美術館で実現しています。
まず、磯崎が定義した美術館の世代を簡単に振り返りましょう。
第一世代の美術館とは、王侯貴族のコレクションの一般公開を行う美術館のこと。フランス革命前のルーヴル美術館やプラド美術館などが当てはまります。
次に、第二世代の美術館は、どのような作品にも対応できる白い壁と動かせる壁の展示空間を持つ美術館のこと。冒頭でも述べましたが、「ホワイトキューブ」と呼ばれる概念です。これは多くの美術館に採用されています。
そして、磯崎新の提案した「第三世代の美術館」とは、美術作品と美術館が調和し、「いま・ここ」でしか得られない鑑賞体験をもたらす「サイト・スペシフィック」な美術館のことです。
奈義町現代美術館の三つの展示室、「大地」「月」「太陽」は、この第三世代の美術館を象徴しています。
それぞれの展示室が土地、建築、作品の一体性を追求し、訪れる人々に自然や時間、空間との深い結びつきを感じさせます。
この革新的な概念は、後に金沢21世紀美術館などにも継承され、美術館のあり方に新しい可能性を切り開きました。
奈義町現代美術館は、磯崎新のビジョンが結実した場所であり、現代美術館の進化の歴史を象徴する存在といえるでしょう。
10.奈義町現代美術館ができた背景

10.奈義町現代美術館ができた背景
奈義町現代美術館は、奈義町制施行40周年を記念した事業として建築されました。
建築された平成6年(1994年)は全国各地で美術館が建てられる「美術館ブーム」が終盤に差し掛かった時期にあたります。
奈義町現代美術館が建築された場所は、奈義町を縦に通る「シンボルロード」に沿って位置しています。
シンボルロードは、当時将来的に奈義町の中心地となるように整備された道路で、奈義町現代美術館も地域の中心地として機能することを想定されていたことがわかります。
磯崎新は、地域の地形や特性も捉えつつ、この奈義町現代美術館を単なる展示施設にとどめず、地域の文化や交流の拠点として設計しました。
コンセプトとしては、美術館のほか、レストランや図書館もあり、地域の人が集まり、交流していけるような作りになっています。
磯崎新は、公共施設として奈義町現代美術館を建築し、影響力が奈義町のほか、全国に広がっていくことを目論みました。
奈義町現代美術館に目論まれた影響力とは、今まで説明してきた様に「サイト・スペシフィック」な美術館のこと。
磯崎新は奈義町現代美術館の作品を「写真・印刷・ヴィデオなどの伝達メディアでは、この空間的なアウラをどれだけ伝えうるか、全部は無理でしょう」と言いました。
アウラとは、美術批評家のベンヤミンが唱えた概念で、簡単にいうと美術作品の「オーラ」、風格や滲み出すエネルギー的なもの。
作品展示だけでは、このオーラが伝達メディアですぐに伝えられてしまうことを想定し、「未来の美術をコレクションし、かつ展示する唯一の方法」として「サイト・スペシフィック」な奈義町現代美術館を建築したのです。