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展覧会挨拶
展覧会挨拶
このたび、下瀬美術館では展覧会「LA VITA 絹谷幸二×幸太×香菜子」を開催いたします。
日本の美術界を牽引した洋画家、絹谷幸二(1943-2025)と、その長男で彫刻家の絹谷幸太(1973-)、そして次女で日本画家の絹谷香菜子(1985-)は、実の親子であるとともに、洋画、彫刻、日本画という異なる分野で、三者三様のスタイルを築き上げてきました。
絹谷幸二は、漆喰を塗った壁面に描く古典技法、アフレスコ(フレスコ画)の第一人者であり、鮮やかな色彩と斬新な画面構成によるエネルギッシュな作風で知られています。また現代の社会問題や紛争、戦争などを鋭く見つめ、作品を通じて世界の救済と平和へのメッセージを訴え続けました。
絹谷幸太は世界各地の石を用い、抽象的かつダイナミックな彫刻作品を手がけています。五感で作品を体感することができる「創知彫刻」を掲げ、視覚だけでなく全身で作品に触れる行為を通して、鑑賞者に石に刻まれた悠久の時間と、地球の豊かさを伝えています。
絹谷香菜子は、墨の繊細な濃淡による静謐かつ幻想的な作風で、様々な動物や龍などの神獣を描いてきました。卓越した描写力で描かれた生命力あふれる動物たちは、観る者に彼らに見つめられているかのような緊張感を喚起するとともに、自己の内的世界と静かに向き合う鑑賞空間を創出します。
本展は絹谷幸二没後初の親子三人展として、彼の絶筆を初公開するほか、本展のために制作された最新作を含む、3作家の作品を一堂に会し、その豊かな創造の軌跡と現在地を辿ります。また、当館が所蔵する小磯良平や加山又造の作品とのコラボレーションや、建築や景観の特性を活かした展示なども展開します。本企画が、当館の魅力再発見の一助となれますと幸いです。
最後に、本展開催にあたり多大なるご協力を賜りました絹谷幸太様、絹谷香菜子様、絹谷宏美様、公益財団法人絹谷幸二美術財団の皆様、貴重な作品のご出品をご快諾いただきましたご所蔵館ならびにご所蔵家の皆様、様々な形でご尽力くださいましたすべての関係者の皆様に心より御礼申し上げます。
2026年4月
下瀬美術館
第1章 1. 絹谷幸二の世界
第1章 1. 絹谷幸二の世界
絹谷幸二は奈良市内、興福寺のそばの猿沢池のほとりに建つ料亭、明秀館に生まれ、幼少期から天平以来の日本の文化芸術に親しむ一方で、料亭が建つ花街の姿や多様な業界の人々に触れ、「聖俗、生死といった矛盾して見える二つのことを「双眼」で理解する大切さ(絹谷幸二『絹谷幸二 自伝』日本経済新聞出版社、2016年、30頁)」を身につけたといいます。
東京藝術大学へ進学後、日本仏教の思想の一つ「無常観」をテーマとして、形あるものが崩れゆく様子を、具象的でありながらも、ものの輪郭が曖昧に混ざり合うような独自の様式に表しました。その後、壁に塗った漆喰に描く西洋の古典技法、アフレスコ(フレスコ画)をイタリアへ留学して習得。のちに「絹谷ワールド」とも称される色彩豊かな表現を確立させました。また、イタリアの風土を体感したことにより、自身を形成する日本と西洋、現代画家と古典技法、などの相反する要素がより強調され、後年彼が「不二法門」という仏教の言葉で語った、「相反するものは一つのものの一部である」という哲学を生涯持ち続けました。
1943年、太平洋戦争の只中に生を受け、「興福寺下の五十二段の石段をジープで上り下りしたり、グラマン戦闘機が猿沢池の上を急旋回したり(同上、24頁)」という戦後の様相を間近に見て育った絹谷は、画業の早い時期から戦争をテーマにした作品を多く発表してきました。絹谷は、作品《イエス・オア・ノー》(Ⅰ-10)に代表されるように、古今東西の戦争や紛争、あるいは国、宗教、文化、性差といった区分が生み出す差別や隔絶を、漫然と世間に溢れる「相反するもの」のバウンダリーにとらわれた人々が引き起こす悲劇として、作品を通して批判しました。
本セクションでは、若手画家の登竜門として知られた安井賞を当時最年少で受賞した《アンセルモ氏の肖像》(Ⅰ-03)を起点として、現代社会の姿を鋭く見つめ、世界の救済と平和を願い続けた絹谷幸二の作品世界をご紹介いたします。
絹谷幸二 プロフィール
絹谷幸二 プロフィール
1943年奈良県に生まれ、幼少の頃から歴史的環境に親しみ、豊かな芸術的感性を養う。東京藝術大学油画科に入学し、大学院壁画科でアフレスコ古典技法と出会う。
ヴェネツィア・アカデミアに留学。以後、アフレスコ古典技法の現代的表現を修得し、鮮烈なるイメージ世界を形成。
帰国後は独創的なスタイルと精力的な作品制作で、数々の美術賞を受賞。40年以上にわたって日本の美術界をリードしてきた。東京藝術大学や大阪芸術大学で後進の指導に当たるとともに、「絹谷幸二賞」を設立して若手芸術家を支援。文化庁主催の「子供 夢・アート・アカデミー」にも携わり、次代を担う若者たちに創造の喜び、楽しさを伝える。
日本藝術院会員。
2014年文化功労者顕彰。
2015年日本放送協会放送文化賞受賞。
2021年文化勲章受章。
第1章 2. 絹谷幸太 / 絹谷香菜子の世界
第1章 2. 絹谷幸太 / 絹谷香菜子の世界
絹谷幸二の長男、絹谷幸太は彫刻家として、次女、絹谷香菜子は日本画家として、それぞれ独自のスタイルを築き上げ、多くの展覧会やアート・プロジェクトに出品するなど、幅広く活動を展開しています。
「石の核心に向き合うとき、私の心が彫刻される」と語る絹谷幸太は、作品制作を通して自身の内面の有り様を発見した実体験を元に、鑑賞者が五感で作品を体感することで、石と対話し、自身を見つめるという鑑賞体験を創出しています。そこには、自身の幼少期、父、幸二の仕事で訪れたイタリアで、街中の石の彫刻に触れ遊んだ原体験があります。彼はまた、創作活動において、素材となる石の採取現場を訪れたり、石の生成過程を科学的に調査したりと、石が持つ性質を多角的にとらえ作品に昇華させることで、石を育んだ地球の豊かさや悠久の時間の流れを伝えています。同時に、地球における人類の儚さ、そして人類によって引き起こされる環境問題や戦争、紛争などへの警鐘を鳴らしています。
絹谷香菜子は、卓越した描写力によって鶴などの鳥類から、狼や熊、虎、シマウマなどの動物、そして龍や麒麟といった神獣などを描いてきました。動物たちは、その毛の一本一本、鱗や角の筋の一つ一つ、そして瞳の光の一条にいたるまでが精緻に描き出され、その息遣いまで感じられるかのような生命力をともなっている一方、極めて静かな画面には、静謐な緊張感をはらんでいます。彼女は「私が人間では無く動物を描くのは、外的な要因に関係無く内的な心情を投影したいと思うからです。」と語ります。視線を通してコミュニケーションをとる人間に対し、心情を読み取ることが難しい動物たち。その姿を通して、見る者が動物に対し自己投影することで、自身の内的世界と静かに対峙する空間を創出しています。
本セクションでは、絹谷幸二作品とのコラボレーションや、絹谷幸二・香菜子の共作《生命輝く》(Ⅰ-30)を通して、絹谷父子が作品に込めた世界の平和への祈りに焦点を当てます。また本展のために制作された作品を含む絹谷幸太、絹谷香菜子の作品を展観し、その作品世界をご紹介いたします。
絹谷幸太 プロフィール
絹谷幸太 プロフィール
1973 年東京都生まれ。彫刻家、柳原義達に出会い彫刻を志す。
1996 年日本大学芸術学 部美術学科彫刻コース卒業、芸術学部長賞受賞。
1998 年東京藝術大学大学院美術研究 科修士課程彫刻専攻修了。
2002 年東京藝術大学大学院美術研究科博士後期課程彫刻専 攻修了。
2004 年サンパウロ大学大学院修了。
2008 年のブラジル・サンパウロ、カルモ 公園のブラジル日本移民百周年記念モニュメントをはじめ、国内外でモニュメントを多 数手がけるほか、アート・プロジェクトやアーティスト・イン・レジデンスなどにも参加している。
おもな活動に「真鶴町・石の彫刻祭」(2019 年/神奈川県)、アーティス ト・イン・レジデンス-Nagi(AIRN)(2022 年/奈義町現代美術館)など。
おもな展覧会に 「絹谷幸太・香菜子 二人展 〜万物の鼓動〜」(2022 年/池田 20 世紀美術館)などがある。
絹谷香菜子 プロフィール
絹谷香菜子 プロフィール
1985 年東京に生まれる。
2007 年多摩美術大学絵画科日本画卒業。
2009 年東京藝術大学大学院美術研究科博士前期過程芸術学美術教育研究室修了。
2011 年吉野石膏美術振興財団在外研修員としてロンドンに渡英。
2013 年東京藝術大学大学院美術研究科博士 後期課程美術教育研究室满期退学。
2017 年には絹谷幸二と《生命の輝き》を共同制作 し、NHKBS プレミアム、NHK 国際放送にて 1 時間番組が放映された。
おもな展覧会に「巨匠たちのクレパス画展〜日本近代から現代まで〜」(2018 年/損保ジャパン日本興 亜美術館)、「タマビ DNA 現代日本画の系譜」(2021 年/多摩美術大学美術館)、「絹谷幸二 親子三人展」(2025 年/鹿児島市立美術館)など がある。
平和への祈り
平和への祈り
生涯にわたって、戦争や不安定な現代社会を批判し続けてきた絹谷幸二。《MAYUMI》(Ⅰ-15)や《ラボニィア(夢の時)》(Ⅰ-08)をはじめ、彼の作品には、原爆ドームを思わせる、頭部や身体の骨組みが剥き出しになった人物がしばしば登場します。彼らは戦争や社会不安によって満身創痍となった人々を表し、その痛ましい姿を通して、二度とこうした悲劇の繰り返されることのないように、というメッセージを発しています。
《平和への祈り》はその題名の通り、広島から世界の平和への祈りを発信する作品として制作された、渾身の絶筆です。本作には、原爆ドームを思わせるモチーフは登場しません。金色に輝く広島城、その周りを取り囲む2匹の龍と1頭の猛虎が勇ましく対峙し、背景には雄大な赤富士が描かれており、それらが鮮やかな色彩の渦の中で一体となる、エネルギー溢れる作品です。絹谷は本展に向け、広島を原爆や戦争を連想させる「ヒロシマ」として描くのではなく、長い歴史とともに今日まで力強く歩み続ける街として描き出しました。
心の中の出来事や夢や希望、悲しみやつらさを、壁の中にうずめ込む様に、心が壁に染まる様に、アフレスコを描き続けています。(『「絹谷幸二 色彩とイメージの旅」図録』毎日新聞社、2017年、91頁)
絹谷幸二はカンヴァスの上、その確かな筆遣いに乗せて、明るい希望に満ちた未来への願いを刻み続けています。
GUARDIAN
GUARDIAN
心が折れそうなときや守りたいものが生まれたとき、人はよりどころを求めるのではないでしょうか。奈良・新薬師寺の十二神将像に着想を得て、人の顔を動物へと置き換え、「守る」という行為の本質を描きました。見る者が自らの思いを重ねることで、本作が強さを静かに呼び起こす存在となれば幸いです。
Stop the Tank
Stop the Tank
ウクライナ戦争を受け、反戦の思いを込めて描いた作品です。家を破壊し人々を恐怖に陥れる戦車を止めたいという願いから生まれ、当時4歳の息子と「戦車を幸せを届ける存在にしよう」と語り合いながら制作しました。戦車を止める存在として熊を描き、暴力を超える力と象徴性を託しています。争いの終息と、世界に安らぎと幸福が戻ることを願っています。
雲路
雲路
2010 年に広島と長崎を訪れ、原爆資料館や多くの方々から戦争についてのお話を伺いました。そのひとつひとつの出来事が深い衝撃として胸に刻まれています。一方で、大きな悲しみを抱えながらも力強く生きてこられた広島の方々の姿に、心が救われたことを覚えています。その思いを胸に、広島の原爆に思いを寄せ、平和への祈りを込めて描いた作品です。
画面中央の金雲と白地は、天地を反転させると原爆が炸裂した時のきのこ雲のかたちが現れます。
原爆や戦争を直接描くことはせず、余白やかたちの中に、歴史が私たちの背景に静かに息づいていることを込めました。現在の広島は、原爆が投下されたことが分からないほど穏やかな日常が広がっています。およそ80年という時間の中で、その記憶は少しずつ遠ざかりつつありますが、決して忘れてはならないものだと感じています。
左隻には、原爆投下前の時間を描いています。
空をうかがうように見上げる一羽の鶴と、遠くから飛来する三羽の鶴はB29を表しています。遠景にうっすらと描いた山並みは、原爆投下の目標となったT字の相生橋を思わせるものです。
一方、右隻には、原爆投下後の広島の「今」を表現しました。
水平線は、すべてを失ったかのように広がる大地であり、静かに続いていく時間の気配を表しています。つがいになると一生涯添い遂げる鳥といわれる2羽の丹頂鶴が、互いを見つめ合いながら、しっかりと大地を踏みしめて歩んでいます。その姿に日々を懸命に生き続けてこられた広島の方々の強さを重ねました。
また鶴の足を白く抜いた表現は、被爆によって人の影だけが白く残り、周囲が焼け焦げた痕跡を、広島平和記念資料館で目にしたときの強い衝撃から生まれたものです。その事実は、決して忘れてはならないものとして、私の中に深く刻まれています。
この絵を通して、広島の平和、そして世界の平和への祈りが、静かに広がっていくことを願っております。
動物たちの楽園
動物たちの楽園
2014 年に墨で描いた《Dawn of Symphony》をもとに、本作を制作しました。震災への不安から安息と希望の光を静かに表現した当時に対し、現在は戦争や紛争が続く中、その光を現実に確かに存在するものとして描いています。彩色と金箔を用い、多様な動物が争わず共存する姿に、調和と祈り、そして地球が憩いの地となる願いを込めました。
第2章 2. meets 小磯良平
第2章 2. meets 小磯良平
絹谷幸二は1962年、東京藝術大学美術学部絵画科(油画専攻)へ入学し、油彩画を学びました。絹谷は中学生の頃から公募展に出品するなど、本格的な作品制作をスタートさせる中で、海老原喜之助(1904-1970)や林武(1896-1975)、鳥海青児(1902-1972)といった独立美術協会の画家の作品に傾倒するようになります。大学3年次となる1964年、目標としていた林武が東京藝大を退官し、絹谷は関西地方の出身であることから、兵庫県出身の画家、小磯良平(1903-1988)の研究室に所属することとなりました。「抽象だろうがコンテンポラリーをやっていようが、正反対の画風でも認めてくださる(「絹谷幸二『絹谷幸二 自伝』日経新聞出版社、2016年、50頁)」という小磯のもと、絹谷は思う存分に制作に励むことができたといい、後年、自身が東京藝術大学で教鞭をとった際には、「会議で配られる紙の隅などで自作の構想などを練り、(中略)先生を見習ってデッサンの腕を磨いたものだ。(同上)」と、小磯への思いを語っています。
また大学時代、絹谷はダイビングに熱中していました。地上とは異なり、時には逆さまになりながら、自由に浮遊できる水中でしか味わうことのできない感覚は、彼が生涯大切にした、相反するものの見方に固執せず、多角的に物事を見るという哲学に昇華されました。
光を抱く -Lucia -
光を抱く -Lucia -
カラスを単なる黒ではなく、光により多様な色を宿す存在として描いた作品です。黒は重ねることで深まり、光や感情を内包するものとして表現しています。固定された印象に収まらない黒の魅力を通して、内に静かに宿る確かな光や気配を感じさせることを試みました。
見えていると思っている世界の、そのもう少し先へ。
瞳のさきに潜む想い
瞳のさきに潜む想い
これまで10号から20号で描いてきた「瞳のさきに」シリーズをもとに、120 号の大画面で瞳に宿る想いを見つめ直した作品です。動物は外的要因に左右されにくく内面を投影できる存在であり、その黒い瞳は見る者に内面への意識を促します。外見の美しさの奥にある深淵に自身の思いを映し出し、見る/見られる関係の反転を通して、鑑賞者の内なる心を静かに浮かび上がらせます。
